【年間ベスト】2015年「 極私的」年間ベスト・アルバム _ 『埋もれた日常を掘り起こす想像力としてのフォーク・ミュージック』編
埋もれた日常を掘り起こす想像力
ここで紹介する二組は「グローバル・ポップ」で紹介した面々や、アデルのような最先端のプロダクションの凄みはありません。そしてラブ・ソング、とりわけ失恋という形式というユニバーサル・ランゲージを分かりやすく採用してくれているわけでもありません。
彼らの紹介する音楽は、極めてパーソナルな日常、そして感情の振れ幅が大きいモチーフではなく、いつだって見過ごされ、フォーカスされることなんてなさそうな些細な事象や感情に目を向け、掬い取ってみることで新たな景色を浮かび上がらせる音楽です。それは正にフォーク・ミュージックの本質でもあり、脈々と受け継がれてきたものでもあります。
また音響面においても「アコギをポロリと爪弾くだけ」というフォークという単語で連想するステレオタイプなイメージからは実は程遠いということも忘れないでください。00年代以降の様々な音楽的な実りを取り込みながら、音響的なレイヤーのバラエティを増やしてきた現在のフォーク・ミュージックとはいかなるものか?という視点でも聴いてみることも是非オススメします。
・Sufjan Stevens 『Carrie & Lowell」
フォーク・ミュージック。それはポロポロとアコギを奏でながら素朴なメロディを歌う・・・。そんなステレオタイプなシンガー・ソングライター像を更新したことはスフィアンのアーティストとしての大きな功績の一つだ。圧倒的な音響的な豊かさ ーーアコースティックな響きを中心に据えつつも、エレクトロニクスやリズムにおける繊細な工夫は集大成的でもあるーー はどう考えても00年代以降でしか有り得ないものだ。
そして彼のもう一つの功績とは、「想像力の重要性」を改めて提示している点だ。外的であれ、内的であれ個人にもたらされた衝撃への処方箋/衝撃緩衝材としての想像力の重要性。スフィアンは継父という絶対的な他者である存在や疎遠だった実母との不安定な生活をモチーフに、現実から一旦距離を置きつつも、想像の中で改めて対象を理解し寄り添おうと努めている。そして不安定な家族という極めてパーソナルなモチーフを扱いながらも「他者との折り合い・共生」を巡る異民族が入り混じることで出来上がった国=アメリカの葛藤、矛盾や罪を図らずも照射してしまうのは彼のアーティストとしての業なのだろうか。
音楽という些細な想像力という杖が人をどこまで支えられるのか?という問いに確信を持てないながらも、まだかすかに希望が感じられる。そんな作品だ。
・Andy Shauf 『The Bearer of Bad News」
上半期ベストでも2位に選んだAndy Shauf。2008年にデビュー作をリリースした後、カナダにある両親の自宅ガレージで4年を掛けじっくり温めてきた本作品はギター、クラリネットやストリングスといった楽器の音色を繊細に扱いまとめ上げる技術において既に洗練の域に達していることを明確に示している。
そしてこのAndy Shaufもまたスフィアンと同様、誰もが見過ごす日常の些細な何気ない瞬間、感情のひだに気付き、すくい上げることが出来る作家だ。
眠ることができずにひたすら思考が逡巡する夜(「I’m Not Falling Asleep」)や、人の強欲さ(「You’re Out Wasting」)、友人の妻との不倫(「Wendell Walker」)といった日常に潜むダークサイド、感情のパンドラの箱を様々な登場人物の視点から解き放ちつつ物語を語っていく。その有様まるで「音楽では到達できないところに音楽で火を灯す」、そんな試みに映る。新たなストーリー・テラーの登場である。
【年間ベスト】2015年ベスト・アルバム _ 『グローバル・ポップ、ガチンコ勝負の頂上決戦』編
"Winner takes all"のグローバル・ポップ市場
インターネットが音楽産業に起こした構造的変化のひとつに「勝つものが益々勝つ」という現象がある(#その一方多様な音楽が可視化はされるようにもなっているのも事実)。そう、Winner Takes All。事実、レコード会社は益々制作だけでなく、マーケティング・コストにおいてもその回収を見込める極少数のアーティストに徹底的に集中投下させている。2015年、その象徴がアデルだったわけです。(#個人的には作品の質の割に売れ過ぎで、正にオアシスにおける『Be Here Now』現象だなと思っています。なので『25』については別途レビューを書く予定。)
それが良いか悪いかは別として、グローバルでトップクラスの才能にトップクラスの予算とトップクラスの制作陣を投入し、グローバル市場でガチンコに勝負。んできっちり儲けて次なる種に仕込む(XLレコーディングスはアデルを擁しているからこそエクストリームなアクトに投資が出来るわけですからね)。そういうマーケットがあるのは事実。好き嫌いは別にして。ここではそんなガップリよっつのメイン・ストリームの土俵において正に正面からポップたろうとした3枚をご紹介。あ、でもアデルは入ってません。悪しからず!!(笑)。
・Justin Bieber『Purpose』
調子こいたクソガキ問題児。音楽もセレブ・ゴシップも興味がない人からしたらそんなイメージでしかないだろう。僕もまぁそんな感じだった。そうした世間のパブリック・イメージを音楽の力で黙らせる。そんな気概を感じざるを得ない確かなクオリティ。メインストリームのトレンドであるベース・ミュージック/EDM的意匠をスクリレックス等を召喚することで、巧みに力を借りながらひたすら完成度を研ぎ澄ました。そして決して安っぽい派手さに頼らず内省的なリリックのトーンに合っているのも吉。
意外なことに初の全米1位シングル「 What Do You Mean?」を皮切りに5曲目までの流れは素晴らしい。間違いなくアルバムのハイライトとなる名曲「Sorry」は表面的にはセレーナ・ゴメスに向けられているのだろうが、ジャスティンを迫害し続けるメディアへのアイコンとしての葛藤のダブル・ミーニングになっている。にしてもキャリアがドン詰まる前に音楽で自らを立証してみせるなんてカッコイイじゃないか、全く。
・LÉON『Treasure EP』
スウェーデンから突然現れた新星。そのポテンシャルを説明するにはhype machineでもバズりにバズった「Tired of Talking」の一曲でも十分だろう。制作には大物が控えているということは今のところなさそうで、 LEONとして話題になる前に知り合ったたAgrin Rahmaniというスウェーデン人プロデューサーと制作を進めている模様。
ソウル・テイストなボーカリゼーション、程よくエレクトロニックかつポップなプロダクション、圧倒的な吸引力のあるフックを持つメロディ、男女のリレーションシップに関する赤裸々なリリック、つまり王道ではあるのだが他とは一線を画する完成度と説得力。今年にはデビュー・フルアルバムがリリースが噂されてる。その時こそが彼女がどこまでその声を届けられるのかの試金石となるだろう。
・Oh Wonder『Oh Wonder』
こちらはロンドンから現れた新星デュオ。hypemachineを始めとしたストリーミング・サービスから新たな才能がフックされることは珍しくもなんともなくなってきたのが欧米のここ数年のマーケットだったけれど、アルバム1枚分クオリティを担保できているアクトは少ないのも事実。が、Oh Wonderはそれをやりきった。しかも昨年1年間を掛けて毎月新曲をリリースするという風変わりだが、実に今っぽいコミュニケーションをリスナー/メディアと続けながら、しっかりと素晴らしいフル・アルバムを作り切った。捨て曲はない。
アイドル的眼差しを振り払いつつバンドとしての総合力を集結したポップネスで振り切ったチャーチズの新譜も良かったけど、僕はこのデュオのポップネスへの期待の方が大きい。二人が活動開始前に立てたという以下の4つの目標はなんと既に達成されてしまった訳だが、そのピュアネスとポジティビティをこの後どこまで拡げることが出来るか、それを見守りたいと思う。(#デュオとしてのライブは昨年11月が初めてでしたが、今月早くもアメリカでコナン・オブライエン・ショーに出演します。早い早い。)
- 「私たちは素晴らしい曲を書く故にパブリッシング契約を獲得する」
- 「私たちは私たちのアートによって評価される、引く手数多のソングライターである」
- 「私たちは全てのことが可能だと感じ、『イエス』に満ちた人生を送る」
- 「音楽が私たちに素晴らしい生活を与えてくれ、そのおかげで私たちは世界中を旅して回る」
《おまけ》Oh Wonderへの拙インタビューを昨年12月に行いました。興味を持った方はぜひ!
【年間ベスト】2015年「 極私的」年間ベスト・アルバム _ 前口上
遅ればせながらの2015年ベスト・アルバム
さて毎年恒例遅ればせながらの年間ベストです。
まずいきなりですが、最初に断りを入れておくとこのリストは僕の個人的なテイストの順ではありません。
では何なのか?と言うと、ポップ・ミュージックと接するうえで2015年を振り返ってみたときに可能な限り立体的というか、多様性を持って新たな発見に繋がるであろう「視点」を設けてみようという試みです。先ほど僕個人のテイストとは関係ないと言いましたが、結局「視点」の設定の仕方に僕のテイストや傾向は反映されていることは否めません。
僕が設定した視点を使って音楽に接することで「あ、そんな風に聴いてみると確かに面白いかも。自分が好きなあれってそういうことだったのかも!」と思ったり、願わくば「自分の居場所」が音楽を通じて見つかる人がいるとベストですね。
2015年を捉える5つの視点
なぜなら音楽、特にポップ・ミュージックというアート・フォームには僕らを取り巻く要素のうち”国家・宗教・人種・階級・政治・ジェンダー”のような大文字の、ともすると距離感のあるような仰々しそうなテーマから、”恋愛、友情、ストリート・カルチャー”といった「半径5メートルのリアリティ」と云うべき親近感の強いテーマまでが、今この瞬間だけでなく、歴史的なコンテクストが含め否応無しに織り込まれているものだと思うからです。
そうして織り込まれたコンテクストの中には、聴く人によってジャストなものもあれば、そうでないものもあります。自分を肯定してくれるものもあれば、否定するものもあります。今日ジャストでなくても、来年にはジャストかもしれません。
つまり、音楽は自分が想像だにしなかった自分を知ることだったり、気付きもしなかった「他者」に気付かせてくれる可能性を秘めているということです。それを楽しいと思う人もそうでない人もいるのだと思いますが、少なくとも僕にとってはかなりエキサイティングであると信じていることに間違いはありません。
と真面目に前置いてみましたが、2015年を振り返るときに設定した「視点」は以下の5つになります。
- 「グローバル・ポップ」、ガチンコ勝負の頂上決戦
- 埋もれた日常を掘り起こす想像力としてのフォーク・ミュージック
- リバイバル以後のいいとこ取りハイブリッド音楽としてのR&B
- 絶滅が危惧される”ギター/ベース/ドラム” バンドの生き残り
- ポストEDMとしてのダンス・ミュージック
そして、この6テーマに沿ったアルバムの選出に加えて、2015年という時代とこれから来たる世界を最も的確に射抜いた作品をベスト・アルバムとして紹介しようと思います。つまり今の世界のモード、テロの続発、混乱し、分裂するヨーロッパ、3つの州を除いて銃乱射が発生し、ドナルド・トランプというポピュリズムに踊らされるアメリカであり、「老いて、減っていく人たちと若く、増えていく人たち」の軋轢が世界中で顕在化し始めた今こそ聴くべき作品です。
ではその前にまずは”「グローバル・ポップ」、ガチンコ勝負の頂上決戦”から行きましょう。
【告知】WEBマガジンQeticにOh Wonderへのインタビューが掲載されました!
とても濃いインタビューができました
HypeMachineで出会ってから1年以上が経ちましたが、
ずっとフォローしてきたOh Wonderにようやく念願のインタビューが出来ました!
凄く丁寧で濃い回答を貰えて充実した内容になっています。
単発は良くてもアルバムをハイクオリティで作り上げることが出来ない新人が多い中、
捨て曲なしで素晴らしいデビュー作に仕上げたなと思います。
二人の親密過ぎる会話から「この二人、どんな関係なの?!」と
思いを巡らせながら読んでみて下さい!笑 そして音楽を聴いてみて下さい。
オススメ曲はやはり「Without You」で。
軽く内容をまとめると・・・
インタビュワーとしてインプレッシブだった回答は、以下の3つ。
- ゴールがすごく明確に設定されていて、言語化されていること
- (「ソングライターとしての互いへの評価」の質問に対して)
「具体的な音楽スキル」ではなく「パーソナリティ」や「アティチュード」について互いを評価していること - (「音楽を通して伝えたいこと」について)
発信者としてのメッセージは明確でインターパーソナルに働きかけたい、「コミュニティ」という言葉で表されるなにかしらのユニティを生み出したいという思いが強いこと
という訳で是非、以下読んでみてください〜!!
【DVD Review】"Heaven Adores You ~ A documentary film about Elliott Smith"
この作品はありがちなレジェンドを大仰に振り返ったり、悲劇(エリオット・スミスの死因は断定しきれていないものの恐らく自殺と想定される)にフォーカスしているものではない。
この作品を観て改めて感じたのは、エリオットに近しかった人たちが語るエリオットは僕のイメージの彼そのものだということ。
2001年のフジロック、小雨が降る中グリーンステージが完全に静まり返っていたあの時。皆が息を飲んで彼の演奏に吸い込まれたあの時に観たエリオットと。
あれからたった3年で彼がこの世から居なくなるなんてあの時は思いだにしなかったけれど。
ELLIOTT SMITH - son of sam - YouTube
キャリアの初期から完成の域にあった彼の才能に周りがどんどん惹きつけられていくことで、彼の音楽が日の目を見ることになったことがこの作品で改めて分かる。
Elliott Smith - Roman Candle (from Roman Candle ...
エリオット・スミス、ピート・ヨーン、そして勿論ジョン・ブライオンを育んだ「ラルゴ・パブ」に憧れて03年に実際に行ったときは本当に感動したものだけど、そのたった3、4年前にエリオット自身も初めてラルゴで演奏しにきて、緊張していたんだと思うとなんだか不思議な感じがする。
大仰に功績を称えるわけでも、過度に悲劇的に描くわけでもなくエリオット・スミスという人をアーティストとしてだけでなく、一人の人間として振り返った作品。
一生何度も何度も聴く価値のある彼の作品を改めて聴いてくれる人が増えるといいな、と改めて。
エリオットの曲はどれも大好きだけど、やはりこの「Say Yes」が一番かな。
Elliott Smith Say Yes - YouTube
ヘヴン・アドアーズ・ユー 〜ドキュメンタリー・オブ・エリオット・スミス【日本語字幕付き】 [DVD]
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