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【年間ベスト】2015年「 極私的」年間ベスト・アルバム _ 『2015年、圧倒的な1枚』編

To Pimp a Butterfly

本作をピカソの「ゲルニカ」に例える声がある。人間の蛮行と悪を描いた黙示録であるかの作品と同様、『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』は告発的な作品だ。それはアフリカン・アメリカンたちがホワイト・ハウスの目の前で裁判官を踏みつけ、酒ビンと札束を握りしめ歓喜の表情を浮かべるカバー・スリーブからも十二分に伝わってくるだろう。アメリカというコンセプトが建国以来内包し続ける矛盾、未だ終わることのないアフリカン・アメリカンの苦悩、そして世界中にはびこる矛盾と不条理についての告発である。

と同時に本作は一方的な告発では終わっていない。他者との対話であり、自分との対話のドキュメントだ。「Wesley's Theory」では黒人の成功者が最終的には搾取されるという構造の指摘からアルバムは始まり、「King Kunta」ではクンタ・キンテを引き合いに悪しき奴隷制度という悲劇に繰り返し言及しながらも、次第にケンドリックは一人の人間としての葛藤を露わにし始める。

人が人を変えることの難しさについて苦悩する「Institutionalized」、そして「U」では自分を愛せない苦しさを歌う。ケンドリック自身はこのアルバムを「強さ、勇気、誠意だけじゃなく、成長と承認と否定にも溢れた作品だ」と表現した。それゆえファレルを召喚した「Alright」にはAlabama Shakesのそれような歯切れはなく、重苦しさが残る。

そして、多くのブラック・ミュージックがそうしてきたように「Momma」でアフリカン・アメリカンとしてのルーツにケンドリックも目を向け、「Complexion」では黒人もまた多様であるということを指摘しながら本質主義の罠に注意を払いつつ、その多様な美を主張する。そして「i」でケンドリックはついに強い意志を持ってようやく自信を取り戻し、アイズレー・ブラザース「That Lady」のファンクネスを借りることでアルバムは最高潮を迎える。

フェラ・クティジョージ・クリントンジェイムス・ブラウンアイズレー・ブラザーズドクター・ドレ2PAC、スヌープといったかつてのレジェンド(=バタフライ)、つまりブラック・ミュージックの歴史そのものとケンドリックは次々と接続することで今この瞬間を前進する糧にする。過去だけではない、フライング・ロータスロバート・グラスパー、サンダーキャットといったLAビート/ジャズ・シーンという現在とも積極に接続していくことで、音楽的重層性(特にファンクとジャズ)だけでなく、歴史的な重層性を獲得しているのだ。そして彼らもまたキャタピラー(=イモムシ)からバタフライへと脱皮し、飛び立った者たちでもあり、各々多かれ少なかれピンプ(=搾取)を経験した者たちでもある。

日本では温度感を感じるのが難しいが、ケンドリックの新たな世代のリーダーとしての期待は、US本国では相当な熱気を帯びていると言う。ケンドリック自身も迷いを露わにしつつも、その役割を引き受けようとしているようにも見えるのが頼もしい。キング牧師ネルソン・マンデラといった過去の偉大なマイノリティ・リーダーたちを堂々と引き合いに出しながら、ケンドリックは自分たちが改めて「どこから来て、どう育ち、何に向かうのか」を問うこと、そして成功とピンプ(=搾取)の罠に警告を促すことで道を誤らないよう自らを鼓舞し、日に日に高まる影響力をポジティブに昇華しようとする。

この新たな若きリーダーは、我々が毎日世界を昨日より良い場所にしようという気持ちで朝を迎えることを決して嘲笑したりはしない。むしろ必ずや祝福してくれるに違いない。「イモムシのなかに、それがやがて蝶になることを予感させる要素はない」と語ったのはバックミンスター・フラーだが、それはつまり、どんなキャタピラーもみなバタフライになれる可能性を秘めている――「エブリ・ニガー・イズ・ア・スター」なのだから。

プリンスは「Albums still matter.(アルバムは今も重要だ)」と言ったが、この重層的に織り込まれた音楽とストーリーを持つ一大絵巻を創り上げたケンドリックは、音楽というアートフォームの可能性を、そしてアルバムというフォーマットの有効性までをも証明してしまった。2015年、圧巻の比類なき一枚。

トゥ・ピンプ・ア・バタフライ

トゥ・ピンプ・ア・バタフライ

  • アーティスト: ケンドリック・ラマー,ジェイムズ・フォンテレロイ,ラプソディー,ジョージ・クリントン,ビラル,ロナルド・アイズレー,K.ダックワーズ,D.パーキンス,マシュー・サミュエルズ,T.マーティン,C.スミス
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2015/05/20
  • メディア: CD
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