【Album Review】Sharon Van Etten _ 『Are We There』(Jagjaguwar)
これは単なる“ブレイクアップ(別れ)・アルバム”じゃない。もっとおどろおどろしい人間の奥底にある見たくはない何かを抉り出したアルバムだ。始まりだけは穏やかなギターのアルペジオとピアノで彩られる"Afraid of Nothing"ではなく、3曲目の"Your Love Is Killing Me"がオープナー・トラックだったら多くの人がその迫り来る「重さ」に気圧されて思わず停止ボタンを押してしまうだろう。
それほどまでにこのアルバムでシャロン・ヴァン・エッテンは人間の感情という底なしの井戸の蓋を開け放ち、深い底を見つめている。11曲47分と決して長くはない時間の間に誰もが思わず胸が詰まる瞬間があるに違いない。
“I need you to be afraid of nothing”("Afraid of Nothing")
"Burn my skin, so I can feel you" ("Your Love Is Killing Me" )
"Cut my tongue, so I can talk to you"(同上)
こんな呪詛のような言葉を綴りながらシャロンは「自分を全てさらけ出し二人の関係性に身を投じて良いのか?」、「愛は痛みに値するものなのか?」、「理解されたいと思うこと、愛とはすなわち単なる自己愛に過ぎないのではないか?」といった不気味なまでに答えのない問いを次々と投げかけている。しかし彼女は決して自らの傷や迷いに溺れてはいない。それゆえそれらの感情を作品に昇華することに成功した。この人間の愛にまつわる業の深さを美しい緊張感を持って作品に落とし込むことができた成功例で他に浮かぶのは、Jeff Buckley(ジェフ・バックリー)の『Grace』だろうか。
ザ・ナショナルのアーロン・デスナーを始めとしたブルックリン・コミュニティの賢者たちの力添えで制作した前作『Tramp』は、彼女の才能を約束するアルバムだった。そして今作は遂にそれが具現化したことを高らかに宣言している。それほどの圧倒的な出来だ。表現したいことを過小にも過剰にもせず、歌声と楽器、そしてプロダクションが全て完璧に噛み合い、確かな自信が作品から響いてくる。
そして声。彼女のボーカリゼーションの素晴らしさは生来のものだが、今作において遂にその最大限の活かし方を見つけたと言ってよいだろう。気だるそうなヴァースから、コーラスに至るまでに巧みに震わせながら段々とエモーションを流し込んでいく様には余計な作為は全くなく、深く心を貫かれる。
これまでの彼女の楽曲の中心を担ってきた素朴なアコースティック・ギターの代わりにピアノが中心に据えられ、効果的にエレクトロニックなオルガンやギター、時にはサキソフォンが楽曲に壮麗なトーンを加える。
おそらく本作はシャロン自身もこの後のキャリアで超えること自体が難しい類の作品になるだろう。全てのタイミングが揃い、シャロン自身の才能を見事にコントールし切った紛うことなき傑作だ。世界中のメディアもその素晴らしさに驚嘆し、軒並み90〜100点の高いスコアを付けている。60点という辛口のスコアを付けたガーディアン誌もその理由を上手く説明はできているとは言い難い。おそらく今頃激しく後悔しているんじゃないだろうか?
終始心をざわつかせるアルバムは唯一牧歌的な響きを持つ"Every Time The Sun Comes Up"で幕を閉じる。だが彼女はいかにもありがちな「苦しみの後に見出した希望」のようなつまらないクリシェを歌ったりはしない。
「日が昇るたびに、私はトラブルに巻き込まれる」
そう、つまり彼女は理想的なんかじゃない現実が続くことをよく知っていて、それを正面から冷静に受け止めている。
きっとこのアルバムは僕らが人生を、人間を、より深く理解する手助けになるだろう。それが良いことなのか、意味があることのかどうかは僕には分からない。あなたはこの作品を聴いて何を思うだろうか?
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【追記】ピッチフォークのレビューを翻訳されている方がいましたのでご紹介。
このレビューで一番頷いてしまったのはこの部分。
つまり、「関係性」を定義させたり終わらせるのは重大な事が起こった瞬間ではなく、日々のルーティン、積み重なる小さな犠牲である。他人と人生を共有することの厳しい現実だ。相手の最高な部分も最低な部分も、美しさも醜さもすべて見えてしまう。この恐ろしく、素晴らしき事実に萎縮しない、そこが彼女の賞賛すべき点である。
全くもって同意。
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