【Album Review】Sam Smith『In the Lonely Hour』
■時代にフックアップされた声
間違えても「ポスト・ダブステップ」というエラ(era)において、サウンド面における最先端の「テイスト・メイク」をしている人じゃないよ、サム・スミスは。DisclosureやNaughty Boyら10年代のエレクトロニック/ダンス・ミュージックのドメインにおけるキープレイヤーたちに重用されながら、その際立って素晴らしい歌声によって多くの人のリーチ出来たからこそ図らずとも今のイギリスの先端の見取り図を提示できただけで。00年代初頭にマイク・スキナーが出てきたときある意味ガラージ・シーンにおいてそういう存在だったように。そしてザ・ストリーツがその後ポップ・フィールドで暴れたようにこのサム・スミスもアデル不在中にイギリスのポップ・シンガーの王座に就くだろう。場合によってはアメリカでも。
Disclosure - Latch feat. Sam Smith (Official Video ...
2012年にDisclosureのローレンス兄弟(サムとは同世代)によるトラック、”Latch”(↑動画)にフィーチャーされたのが全ての始まりだった。が、彼の本質はハウスでもダブステップでもない。事実、彼はこんなことも言っている。
「僕は全然違う音楽の領域から来たんだ、その頃はエレクトロニック・ミュージックが何なのかすら、実はよく知らなかったんだよ。」
彼のコアはその声であり、報われないマイノリティ・ラブ(サムはゲイであることをカミング・アウトしている)であり、大きすぎる愛にまつわる巨大なエモーションだ。だからそれを乗せる音楽的なヴィークルはなんだって構わない。そのエモーションを適切に運ぶことさえ出来れば。だから遂にリリースされたデビュー作『In the Lonely Hour』は、冒頭曲「Money on my Mind」を除けば、美しいピアノやソフトに爪弾かれるアコースティックギター、エモーションを彩るストリングスをふんだんに備えたバラッド・アルバムであり、「Stay With Me」ではゴスペルを、「Restart」ではディスコを、「I’m Not The Only One」ではソウルを、と様々なフォーマットを効果的に援用している。
■報われないマイノリティ・ラブと孤独を歌うオーセンティックなSSWのアルバム
「一瞬だが通い合い、またすれ違い、その愛が受け入れられないことにむせび泣き、報われないことを分かりながらも思いを伝えることを止められない」。そんなポップ・ミュージックが何度となく取り上げてきたクリシェでもあるテーマだが、とにかくゴージャスでメランコリックなその声で歌われると聴くものは心を奪われずにはいられない。そしていずれの曲にも強烈なフックがあり、耳について離れない独特の節回しも含めどこまでも広く伝わるポップ・ポテンシャルがある。先日アメリカのTV番組Saturday Night Liveにも出演したが、アメリカが彼に持っていかれるのも時間の問題かもしれない。
とにかくのこのレコードは、ダブステップだとかハウスだとか、インディーR&Bだとかをリプリゼントするものじゃない。稀代の声を持つセクシャル・マイノリティであるサム・スミスというひとりの人間の極めてパーソナルでありながら普遍性のある愛と孤独を取り巻くドキュメントであり、オーセンティックなソウル・バラッド・アルバムである。
にしてもゲイ・コミュニティから生まれたハウスという音楽の歴史に臆することなく全乗りし、ポスト・ダブステップの時代を更新したローレンス兄弟がゲイであるサム・スミスを象徴的なシンガーとして採用したのは意図的だったのだろうか?だとしたら実に洒落た話じゃないか。
【おすすめトラック】
・M2「Stay With Me」、M5「I'm Not The Only One」、M8「Life Support」
【サム・スミスを気に入った人はこれも】
・Sampha(サンファ):サム・スミスが1位に選ばれた"BBC Sound of 2014"で4位。ちなみに我らがBanksちゃんは3位。昨年の個人ベスト・アルバムでもEPでのリリースながら8位に選出しました。